頑張っている人に『頑張れ』って言ってはいけないという風潮になってからというもの応援したい人には一体、何て声をかけたら良いかですごく悩むようになりました。あれから何年も経ちますが、未だに『頑張れ』に変わる言葉を見つけられずにいます。

もう頑張りすぎるくらいに頑張っているのだから、これ以上に頑張らせるのは酷だよ。確かにその通り。でも、声をかける側の気持ちは勿論、そんな思いでは決してありません。

『あなたを応援している』ただそれだけの気持ちを伝えたい。大切なあなたに、応援していることを純粋に知らせたい。応援している人がここに居ることに気づいて欲しいだけなんだけど・・・。

そこで一つ提案があるのですが、声をかける側にこれといった妙案が無いなら、いっそ受け手側の意識を変えてみたらどうでしょうか。みんなの共通認識として、『頑張れ』と言われた側の受け取り方を、みんなで一緒に変えてみたらどうでしょう。

車のクラクションに例えたら旨く説明が出来そうな気がします。道を譲って貰ったときに軽く『プッ』と鳴らす、ただ純粋に『ありがとう』を伝える方法です。ありがとうを伝えたい人がここに居ますよという合図。これが思いっきり大きな音で鳴らしたらどうだろう。本来のありがとうは何処かへ吹き飛び、受ける側も嫌な思いしかしない。『頑張れ』の声かけにも似た感じはないでしょうか。力が入りすぎていたり、相手の気持ちなんてお構いなしに押しつけてくる頑張れには嫌な思いを感じて当たり前。大きなクラクションみたいに感じられて、素直に応援されているとは受け取れません。また、必死で頑張っている時ほど、イライラもするし、僅かなことでもカンに障るし、心に余裕を持てない状況ではどんな声がけもマイナスの意味に受け取りやすくもなります。

それでも励まし、励まされる繋がりの中では、やはり一人で踏ん張っているときよりも力が出る。諦めそうになっても励まされて元気が出てくる。応援する側、される側、共に真意が伝わり合いさえすれば、こんなに有り難く、温かい気持ちにさせてくれることは他には無いんじゃないかと感じます。

私の『頑張れ』の真意は正にこのこと。あなたを応援している人がここにも居ますと伝えたい。その存在があなたの力になるなら私も嬉しいんだと伝えたい。決してあなたに一人で頑張れって言っているんじゃない。それこそ、私に出来ることは協力させて欲しい、遠慮無く言って欲しいという気持ちものせて伝えたい。ただそれだけです。

こんな風に『頑張れ』の受け手側の気持ちを変えることで、自然と『頑張って』と応援しあえるようにならないものかと考えてみました。
忙しいときの方が頭が回るのかな?昼休みに思いついて書いてみました。
皆さんのお考えはいかがでしょうか?教えていただけると嬉しいです。

今年も一年ありがとうございました。よいお年をお迎えください。